ぼくのくすりゆび


大広間の扉を開けると予想通り僕の席には多くのフクロウが行き交い、大小さまざまな贈り物が山積みになっていた。
心の中で密かに舌打ちをしてからスリザリン寮のテーブルに歩みを進めるとこれまた予想通り「おめでとう」の声に包まれた。
内心面倒くさいとは思いながらも、慣れ親しんだお愛想笑いを浮かべながら僕は「ありがとう、ありがとう」と馬鹿みたいに繰り返すのだ。

毎年6月5日の恒例行事。誕生日がよほど偉いのかなんなのか自分には良くわからない。幼いときから名家の一人息子として育てられたものだから、自らの誕生会は父上と懇意されている方たちへのご挨拶やご機嫌取り、一族の地位や財にあやかろうとする大人たちへの対応の場でしかなかった。

おめでとうは僕じゃなくてマルフォイ家に向けてだろうに。

ふん、と鼻を鳴らす。誰も僕自身を祝っているわけではないのだから。
それはホグワーツに入学してもちっとも変わらなかった。むしろ、大人よりもなれなれしい奴が増えて面倒になったくらいだ。

やっとのことでいつもの席に着いた。扉から席に着くまでに新しい贈り物の山が2つも出来たようだ。屋敷しもべ妖精に運ばせるかとかぼんやり考えていると、僕の頭上に白いフクロウがすう、とやってきた。そいつは丸められた羊皮紙の切れ端を僕の手の中へ送り届けるとゆったりと大きく旋回してフクロウ小屋のほうへと舞い戻っていった。その優美な姿を見届けてからそっと切れ端を広げてみた。

『今夜、君を迎えにゆくよ』

たったこれだけで差出人の名は書かれていない。

「何だこれは誰かの悪戯か」
僕が呆れたように声を出すと皆がどっと笑った。
思い当たるという訳ではないが何とはなしに気取った英雄殿のほうを見やると、あいつは相変わらずだらしの無い寝癖頭で赤毛のやつと話しながらフルイングリッシュの締めにとマーマレードのジャムをトーストに塗りたくっている所だった。
我ながら馬鹿馬鹿しいと思えてきたので、さっさと部屋へ戻ろうとようやく朝食へと手を伸ばした。だが、誰にも見られないようにそっとその羊皮紙だけ内ポケットに仕舞い込んだのは自分でもよくわからなかった。

移動のたびにいろんなやつから声をかけられて授業は遅刻しかけるし、贈り物で部屋の整理に時間はとられるし今日は散々だった。(菓子類はクラッブとゴイルにくれてやった)

ようやく一息ついたころ、内ポケットに仕舞い込んでいたものの存在を思い出した。少し思案したのち僅かに下唇を噛み締めてから僕はおもむろに立ち上がり、ベットルームを後にした。

昼の喧騒とは打って変わって静かになった談話室を通り抜け、寮の出入り口を出る。言っておくが何か引っかかるところがあったからじゃあない。たまたまなんとなく外の空気を吸いたくなっただけだからな。
スリザリンの寮は地下牢の薄暗くひんやりとしたとある廊下の壁に繋がっている。この地下牢は夏でもひんやりとした冷たさを感じさせるのだから、6月の初旬など言うまでも無い。
ぶるりと身を震わせながら冷たく硬い石壁に背を預ける。そしてその冷たさに慣れてきた頃、廊下を照らす蝋燭の火と共に空気が揺れるのがわかった。そしてそれは自分のほうへと近づいてくる。

「ポッター、やっぱりお前だろう。」

僕が声をかけた何も無いはずの空間がゆらゆらと揺れたかと思うと、ぐしゃぐしゃの髪と英雄である証がのぞいた。
奴は何を言うでもなくにゅっと手を出してきたかと思うと、僕の腕を取り体ごと引き寄せてきた。
突然のことに反応が遅れ、気づいたときには奴のお得意の透明マントの中にすっぽりと覆われてしまった。

「おい、何をする!」
と抗議の声を上げたのだが奴には僕の声など聞こえていないのか、腕を引いて来たほうへぐんぐんと走り出すではないか。
引きずられてこいつのために靴を駄目にしてしまうのは癪だったから仕方なく続く。地上へと繋がる螺旋階段でもお構いなしに駆け上がるものだから、何度か足が縺れそうになって冷や冷やした。
何度も声を荒げたのだが結局なんの返答も無いまま中庭へと連れられてしまった。
ここでおもむろにばさりとマントを取り払ったかと思うと僕に背を向けたまま
「アクシオ」
と呪文を唱えた。しばらくするとグリフィンドール塔の方角からやつの愛用の箒がやって来る。そのまま箒にまたがると、ようやくここで僕のほうを振り返った。

「ほら、マルフォイはやく乗ってよ」
なんとも腹が立つことに奴はこの僕を急かしてきたのだ。
なんと常識知らずな奴なのだろう。躊躇いはしたのだが彼のその勢いに押されしぶしぶ後ろへ乗り込んだ。
すると重力に逆らおうとするときのあの独特の重力を感じたかと思うと、ふわりと夜空へ飛び始めた。

まったく本当に今日はついてない。まさかこの僕がポッターと箒の相乗りをする日が来るなんて。

「ねえ、ちゃんと僕につかまらなきゃ」
そう言ったかと思うとがくんと箒が大きく揺れた。僕は大慌てで奴のローブを掴む。ああなんて最悪なんだ。
「へたくそ」
と怒鳴ってやると
「風が吹いてきたんだからしかたないでしょ。」
と楽しそうな声で言いやがる。こいつ、絶対わざとだ。僕は半ば諦めたようにため息とともに目の前の背中に声をかけた。
「おい貴様、本当に突然なんなんだ。」
するとちらりとこちらを振り返り、先ほどの態度とは打って変わって少しだけ申し訳なさそうな顔をしてみせた。
「うん、ごめんね。でも僕だって君の誕生日を祝いたくてさ」

・・・・・。
驚いて箒から落下するかと思った。真剣にこいつの頭は正常なのだろうかと敵ながら心配してしまう。

「お前何言ってるか分かっているのか?僕はマルフォイでお前はポッターなんだぞ?」
「勿論分かってるよ、僕はハリーで君はドラコ。君だってそれを分かって僕を待っててくれたんでしょ?」

信じられなかった。ポッターが僕のことを名前で、・・・ドラコって呼ぶなんて。だけど僕はそのむず痒いような不思議な感情に気づくよりも先に、僕のプライドは彼の言葉を否定せずにはいられなかった。
「違う!あんな馬鹿げた悪戯をする奴の面を拝んでやろうと思っただけだ!」

しかし彼はそんな僕の幼いプライドなんてお見通しなのだろう。腹を立てた子供を宥めるような声で続ける。

「へえ、そうなの?でも君はさっきやっぱりって言ったよね。君、もしかして僕の字を覚えてるんだ。」
「ば、馬鹿言うなよ、そんな訳ないだろう!こんなことするのはお前くらいだからだ!!」
何を僕は焦っているのだろう。これでは自分は動揺しています、と宣言しているようなものではないか。たまらず目を逸らす。
ポッターはふうん、と僕のほうを見ている。ああ、頼むからこっち見ないでくれ。

「そう?僕は君の字、ちゃんと分かるよ。繊細で少し神経質そうで、だけどとても優美で君とそっくりな字をしているもの。」
「なっ、お前はそんなことを言いに来たのか?」
ばっ、と顔をあげる。なんでお前がそんなことを知っているんだ、と全てを見られているような気恥ずかしさに襲われてつい目を合わせてしまった。
それがいけなかった。それはそれは穏やかなライトグリーンが僕の瞳に飛び込んできたのだ。
どきり、と胸が鳴って目を逸らせなくなってしまった。

「だから、君の誕生日を祝いに来たんだって。何かプレゼントしようと思ったんだけどお金で買えるものなら君何でも手に入るでしょ。だから僕からはこれを贈るよ。」
そういうと僕にはお構いなしに空に向かって杖でを振るう。たちまちにもやもやとした銀の光が僕らを照らしたかと思うと次第にそれは形となり文字を綴り始めた。


<Even distance cannot keep us apart.>


僕がその意味を理解する前にその銀の光は僕の左薬指に纏わりついたかと思うと、あっという間に指輪の形を現した。
「おい、これっ….」
信じられない。だって・・・・・この指にはめる指輪といったら決まってるじゃあないか!

「これは君と僕だけに見えるリング、僕のパトローナスの一部を込めた誓いのリングだよ。もし君が僕を拒むのなら二度と現れないさ。でも君が、僕を思い続けてくれるのならば君の指を飾り続けるよ。」

ああどうしよう完璧にまいってしまった。僕の顔は今滑稽なほど顔を赤く染まっているのだろう。
だけどやっぱり鮮やかな光を宿したライトグリーンから目を逸らせなかった。

そして何よりもこんなに穏やかで心地良く響く声は聞いたことが無かったのだもの。
自分は耳からとろりとろりと溶けてそのままどこかへ流れて消えていってしまうのではないかと不安になってきた。
だから両手で耳をふさいでしまいたかったのだけど、ポッターを掴んでいないと箒から落ちてしまいそうだったからそれも叶わなかった。

「ああ、星たちも君を祝福しているのかな。とても美しい星空だ。」
そこでようやく僕は空を見上げた。宝石箱をひっくり返したような大小さまざまの星たちが銀色の光を放っていた。

幼い頃母上が枕元で教えてくださった言葉を思い出した。
美しいものを見ると、瞳も美しく綺麗になるの。
そうだとしたら今、僕の瞳はとてもとても美しいことだろう。

ふと隣を見ると僕ははっと息を呑んだ。
奴は星の光を一身に集めたかのように眩しそうな目を細めながら夜空を眺めていた。その照らさし出された横顔のシルエットといったら。

またどきり、と胸が鳴った。
ああどうしよう、気づきたくなかったのにとうとう僕はこの気持ちに気づいてしまった。

「・・・・確かにこの星空の美しさは認めてやる。」

だけど、この空に浮かぶどんな星よりも僕の薬指に宿るお前がくれた輝きの方が美しいだなんて認めてやらないし、
ましてやそれ以上にお前の鮮やかなライトグリーンのほうが好きだなんて絶対に言ってやらない。






--------------------


2013.06.03 Malfoy manor

「おめでとうドラコ」 「ああ素敵な日だわ、ドラコ。」

「ありがとうございます父上、母上。」


ホグワーツの戦いの後、闇の陣営にいた自分らの一族はこの屋敷こそ残されたものの、殆どの土地、財産は取り上げられ、地位と名誉は失われた。
当主となった自分の生まれた日でも祝いに来る客はおらず、家族と内々のほんのささやかな祝いをするだけだ。

ふと窓の外に目をやると紫色に照らされた雲が次第に濃青へと染め上げられていく様がみえた。そういえば先ほどから息子の姿を見ていない。

「母上、スコーピウスをみかけませんでしたか。」
「あら、貴方の可愛いあの子は中庭に出ていたはずよ。そうね、もういい時間だしそろそろ晩餐を始めるから呼んできてちょうだいな。」

以前と比べると皺は深さを増したが、ずいぶんと柔らかくなった母の微笑に愛おしさと切なさを感じた。
その気持ちを紛らわすように僕は「失礼します」と断りを入れてから大広間を後にした。

意匠をこらされた華美な家財道具も減り、がらんとした邸内に自分の足音がやけに響くのを聞くと、館が賑やかだった少年の頃が思い出される。
大人たちの話は退屈だったし興味も無かった。でも僕が笑えば客たちも顔を綻ばせたし、父も母もそれを見て満足そうに微笑んでいた。両親が笑いかけてくれるならそれで良かった。悩みなんてほとんどなかった。
しかし幸せとはいったいなんなのだろう。父はここ数年でかなり老け込んだように見えるし、母はどこか少し寂しそうだった。それでも自分は今の状況にそんなに悪い気はしなかった。
ようやく1人の人間、マルフォイではなくドラコとして生きていけるような気がしたのだ。

中庭へ出ると先ほどよりも深い青に染まった空が広がっていた。
何でこう子供は夕暮れに無頓着なんだろう。遊ぶのに夢中で日が暮れたのに気づかないのか、それとも気づきたくないだけなのか。自分もそうだったはずなのにうまく思い出せないのは僕も大人になってしまったということなんだろう。

「スコーピウス、どこにいるんだ。」
声をあげると、白薔薇の茂みの方から声変わりする前の少年の声が返ってきた。
「お父さま、お父さま」
と自分を呼びながら草陰から出てきたのは自分の幼い頃に良く似た息子の姿であった。

「おやおや、せっかく綺麗にして貰ったのにこんなに汚して。」
耳元で切りそろえられたブロンドには遊びまわったときについたのであろう瑞々しい緑の葉が絡まっていた。軽くたしなめるがまったく気にしていないように応える。
「また綺麗にして貰えばいいんだよ。お母さまは僕の髪を整えるのがお好きだから。それよりこれ!」

差し出されたまだ幼く小さい手には丸まった羊皮紙が握られていた。
「どうしたんだこれは」
「真っ白いフクロウがお空からやって来てね、僕に渡したの」
綺麗な黄色い目でね、大きな羽根で帰っていっちゃったの、と無邪気に話す。

「・・・・そうか、分かった。ありがとうスコア。さて、お前のお祖父様とお祖母様がお待ちかねだ。急いで手を洗って大広間に行きなさい。」
そういうと素直にはい、と返事をし、にっこりと笑って屋敷のほうへ駆けていった。


自分と同じブロンドが門をくぐったのを見届けてから、手渡されたものに目をやる。


―――白いふくろう、まさかそんなはずは無い。
だって学生の頃よく自分のもとへ文を届けに来たあの梟はもういないのだもの。

僅かに思案したのち、意を決して紐をしゅるりと解いてみる。
それは差出人が書かれていない、どこにでもあるような羊皮紙の切れ端だった。

『誕生日おめでとう。なかなか君に会えそうに無いのであの日の空を贈ります。』

すると羊皮紙は形を消し、そのかわりにもやもやとした光が辺りを漂い始める。

ああ、これは…

目の前に広がる魔法の星空。
一度だって忘れたことの無い2人だけの秘密の空。

しばらく時を忘れ眺めていた。
僕たちは大人になってしまったというのに、目が眩むほどの鮮やかな光たちはあの日とちっともかわらない。

しかし次第に彼がくれた空はすうと昇っていき、とうとう真っ黒に染め上げられた本物の空と吸い込まれるように1つになってしまった。


僕は空を眺めたまま自分にしか聞こえない声で呟いた。

「相変わらずお前は馬鹿なんだな。お互い妻も子も居るって言うのに。」

すっと結婚指輪をずらし、空に翳す。
僕の薬指を飾るのはあの日と同じ銀の輝き。

「それにお前の字も、相変わらず尊大で無骨でお前にそっくりなのも変わらないな、ハリー。」

誰のためでもなく、
くすりと微笑むと僕は愛する家族の待つ屋敷のほうへ歩き始めた。



.




------------------------------------------------------------


2013/06/05
ドラコ33歳おめでとう!!!
スコアちゃんには何故か薬指の光がみえてたらかわいい。
それで父親が彼に対して抱いてる感情に気づくときが楽しみです。
アルスコは仲良しになれるといいね!