あの男が死んだ



あの男が死んだと知ったのは平凡な朝だった。いつもどおりなんら変わらない平凡な朝だった。
たまたま私用で通りかかったマグルの田舎町で読んだ新聞の隅。寂れた小さな街の地方紙の小さな記事。
普段なら読み飛ばしてしまうようなほんの些細なものなのに。

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【身元不明の成人男性の遺体発見される】
昨日未明村より西へ連なる森奥深くの一軒家で成人男性の遺体が発見される。目立った外傷は無く死因は不明であるが事件性はないものとされる。遺体には稲妻型の傷があり、身元を確認したが有力は情報は得られず無縁仏として埋葬された。
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すぐに分かった
ハリー・ポッターが死んだのだと。
闇の帝王を倒した後、彼は人を、そして魔法を拒絶するかのように魔法界から姿を消した。
親しい友にも何も知らせず突然いなくなってしまったという。
人はかの戦いで狂ってしまったのだと噂した。失踪当初にはアズカバンの奥深くに幽閉されているのだとか魔法省が絡んでいるなどと噂が流れたものだが、実際その姿を見たものは誰1人としていなかった。
そして世代が流れ、時は無情なことに過去を省みもせず未来へと歩みを進めてゆく。驚異の無くなった魔法界は誰しもが平穏を友のように歓迎し受け入れた。
次第に平和に慣れ親しんだ人々はその英雄の存在など話題にあげることも、気にも留めなくなった。
人はそういうものである。自分が犠牲を払わずして得た安息と幸福が当たり前になってしまえばその有り難みなど省みることはない。
僕にはその軽薄さが羨ましくもあり憎らしくもあった。
僕は自らの手で人を殺めることはなかったが、間接的には多くの命を奪ってしまうこととなった。
学び舎で学んだ魔法が命を奪う。逃げ惑う人、叫び声、横たわる動かない体。毎晩のように見る夢にうなされては飛び起きる毎日。
だがそれを拒むことは無い。僕にはあの日を忘れることなど出来はしないし、ましてや許されるはずもない。
あの戦いを背負い続ける、それが僕の義務であり償いなのだ。
そうであるならば僕は彼の最期を見届けなければならないだろう。僕は役場へと足を向けた。

「あの記事の男は知り合いかもしれない」
そう告げるとつまらなそうに対応していた役人が近所の噂話をするかの様にそわそわと身を乗り出してきた。
「どういうご関係ですか、いや失礼何しろ変わった噂が流れているものでね。検死結果によると遺体は死後結構時間が経っている様に思われるのにね、見た目は眠っているかのように綺麗な状態だったらしいんですよ。」
僕は留まることのないおせっかいな役人を遮るように必要なことだけ聞くと、短く礼を告げ立ち去った。
勿論忘却呪文を添えることは忘れずに。
役人が言うことには遺体は森の外れに埋葬されたそうだ。
そちらに訪れる前に僕は彼が発見されたという小屋を訪れることにした。
説明された場所で目に入ったのは小さな小さな木造の家。人が住むには余りにもお粗末で、屋敷しもべでももっと良いところで寝泊まりしていることだろう。
誰がこんなところにかつて名を馳せた伝説の魔法使いがいると思うだろうか。にわかには信じがたい思いを抱きつつ立て付けの悪い扉を開けると嫌に軋む音が耳に響いた。
その部屋は必要最低限のものしか置いていない質素なものであった。魔法っ気の一つも無い静まり返った部屋はうっすらと黴臭い匂いが漂っている。
皆気味悪がったのだろうか現場はあまり手をつけられていないようで、降り積もったままの埃に顔を顰めた。
(ここに彼が、あのポッターが...)
そう思うと胸に重りを縛り付けられたようにずんと重くなり、奥底の方が苦しくなった。
ぐるりと見回し、小屋の中でも比較的綺麗に整頓されている机に向かった。
何とは無しに引き出しを開けると古びた日記が出てくる。くたびれた茶革の日記帳だ。
故人の心を暴くつもりではないが、僕は毛羽立った角を指でなぞりながら僅かに躊躇ったもののその日記を手に取った。
僕の知る彼は日記なんか書くような男ではなかったからだ。
小さく呪文を唱えると鍵は震え抵抗を示した。術者を無くした今でもその秘密を守りぬこうとするその意思の強さに僕は苦笑した。
「大丈夫だ。これは僕の中だけに仕舞っておくさ。」
もういいんだよ、と幼子に優しく言い聞かせるように呟き、もう1度杖を振るう。
すると錠は力を失ったようにその戒めを解いた。

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僕はこの額の傷によって人としてのの来を奪われ、この傷によって今の未来を与えられた。
何故皆僕に求めるのだろう、世界は僕を置いてけぼりにほおって放っておいたのに。
ホグワーツに行くまでの僕は誰にも省みられない存在だった。道端に捨てられた紙屑の様に。
何を望んで生きていたのかそれは僕にも分からない、いつか救われるとも思わなかった。
ただ日々を塗りつぶしては時を過ごした。本当にただ息を吸っては吐き、心臓か脈打つ限り生きていた。
そう、ただ生きていただけだったのだ。
それだというのに闇の動きが表に現れた途端僕に縋り付くのだ。誰も信じなかったくせに。
僕は魔法にまつわる全てのものが気味悪く見えた。
しかし僕の体の中には嫌悪するそれが確かに存在した。胸の奥底で澱のように重く渦巻きながら解き放たれる時を今か今かと待ち構えていた。
そしてついにあの日僕は僕の嫌悪する魔法によって僕の未来を殺した魔法に打ち破った。皆は喜びに沸いた。僕を英雄だと褒め称えた。
けれど僕には何も感じられなかった。僕は今までのようにただ日々を過ごし生きていただけだったから。
そしてこれからもただ日々を過ごし生きて行く、それだけなのだった。
しかし次第に僕は自分が心底恐ろしくなってしまった。
僕を殺した魔法と同じ魔法が体の奥底で僕の意思とは無関係に息づいている。外に発散されなくなったそれがじわりじわりと少しずつこの体を侵食していく音が聴こえる。きっと僕はいつか僕自身の闇に食い破られてしまうのだ。
僕は人でいられない、この額の傷がある限り。
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かつて見慣れた文字が次第に荒く、乱雑になって頁を黒く染めていく様に僕は言いようも無い思いを抱いた。
彼は嫌になってしまったのだ。彼から全てを奪った魔法を。
彼は憎んだのだ。恩着せがましく与えようとする魔法を。
ふと、最後の頁に不自然な余白があることに気が付いた。
僅かに思案したのちアパレシウム、と小さく唱えると滲むようにして文字が少しずつ浮かび上がってきた。

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ただ僕がずっと気にかかっているのはかの少年の事だけである。
とはいっても僕と同い年なのだからもう少年とは呼べないのだろうけれど、僕の持つ彼の記憶は城を去ったあの日のままなのだから仕方が無い。
好意ではない眼差しを投げかけてくる少年。その彼だけが僕を、ただ1人の人間として見てくれていた。
けしてその手を取ることは出来なかったけれど確かに僕は彼の心臓の音を聞いた。それは不思議なことに心地の良い響きを持って僕の胸に舞い降りてきた。
その感情に名前をつけるにはなんともあやふやなものではあったが、僕はあの日からずっと彼の薄灰の瞳に囚われたままなのだ。
そしてきっと僕は死ぬ間際にもあの薄灰色を思い描きながら僕の時を終えるのだろう。
そう思えるだけで僕は額の傷に与えられた命にようやく意味を見出せた気がする。
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ぎゅう、と僕は左の内ポケットの辺りを掴んだ。その文字列から中々目を離せないでいたが、目を閉じ一息ついてから決心すると日記をぱたりと閉じた。
するとそれはたちまち炎をあげて燃え始めため、机の上へ半ば投げ出すように落としてしまった。突然のことに驚き顔をしかめながら手をさすっていたが、すぐさま目を見開いた。
音もなく静かに燃え盛る鮮やかなライトグリーン。
それはとうに消え去ったはずの記憶を呼び起こすような懐かしい色だった。
燃え上がっては踊るようにひらひらと宙に舞い上がる灰がやがて一つに集まり形を成していく。ことの成り行きをじっと見つめていたそれは炎が燃え尽きた頃ひらりと僕の手に舞い降りてきた。
古ぼけてよれよれになった一枚の写真。
手のひらの中で懐かしい制服を身に纏った自分の幼い薄灰と目があった。

ふぅ、と溜息をつく。
今更なんだよ、と僕は吐き捨てるように呟いた。
そう、もう遅いんだ。なにもかも。
それは自分自身へ言い聞かせる言葉でもあっただろう。
僕の左胸の内ポケットにも色こそは違うが同じ制服を着た少年の写真が誰にも知られぬようにしまわれているのだから。

ふ、と顔を上げると開かれた窓からは小高い丘と連なる森がのぞいている。
夕陽は赤と紫に染め上げた雲を引き連れて、山の向こうへと潜ろうとしていく。その裾に広がる湖は静かに自らの水面を揺らしている。
それはかつて学んだ学舎の塔からみえる風景にどこか似ていた。夜になると星空がきっと美しい事だろう。
そこだけがかつて彼のいた魔法界の面影を残していた。
 
彼の墓標はいたって質素なものだった。
近くの村の住民が情けをかけて作ってやったのだろう、盛り上がった土にとうに枯れた花が申し訳程度に供えられていた。
歴史に名を残す英雄の墓には相応しくないのだろう。
だけれども僕の知る彼にはとても似つかわしく思えた。
「僕はお前なんかに花も祈りも供えてやらないさ、
ただ僕も僕の命を終える時あの鮮やかな緑を思い描いているだろうよ。」
そう言うと、僕は1度も振り返らずに元来た道を歩き始めた。
 
この真新しい足跡もすぐに風が消し去ってしまい、ここを訪れるものはもうきっと誰もいないだろう。
残されたのは枯れた花と古びた2枚の写真だけである。




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ハリーがすでに死んでてすいません。。。


・ドラコが大切にしていたハリーの写真までも置いていった理由
 ハリーへの思いを捨てたと思われるかもしれないがそうではなく、
 写真を持ち続けていたのは、行方知れずで誰の気にも留められないとしても自分だけは決して忘れずにいることの象徴であった。
 そして日記を読み、彼も自分の事を思っていたと知り、彼の思いを受け取った今はもはや写真の中のハリーはドラコにとって必要ではない。
 もう自分の中で確かにハリーが、ハリーの心臓の音が聴こえたから。
 そして今更思春期の熱に突き動かされた恋をしたいわけでもないし、ましてやそんな関係でもない。
 ただせめて写真だけでも学生時代のあの日を共にすごせたら良い、と。



もう言葉であらわすことも証明することも出来ないけれど、確かに二人の間には二人にだけ分かる何かがあった、そんなハリドラがすきです。